≪コーヒーの旅路≫
皆さんがお好きなコーヒー豆がどこの地域で見つかって、どのような国を経て世界中で栽培されるようになったのかをマスターと一緒に訪ねてみませんか。



コーヒー豆の原種はアフリカの内陸部で野生種として地球上に誕生しました。 種の生存を願うのは動植物すべて同じで、コーヒーの木も熱帯雨林の中で、周りにいる鳥や小動物の眼につき易いように真っ赤なチェリーを実らせて待ちます。
すると写真左のように、この果実を好物としたジャコウネコ科のコピルアックなどの小動物によって食され、その排泄物として種子が近隣の高地に伝播し、アビシニアン高原でも自生のブン(コーヒーノキ)が繁殖に成功して広まっていきます。

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そんな美味しそうな果実を人間も見逃しませんでした。アフリカ東部のケニアからエチオピア辺りに住む遊牧民ガラ族は「ブン」の果実を丸ごと利用する方法として、果肉を種ごとすりつぶして油を加えてボール状にした団子を携帯食として食べて始めたのです。

そんなブンの果実から取れる種子が火の中に転げ落ちたのでしょうか、、ある時、好い香りを放ちました。それ以後、エチオピアの人たちはブンの種子を土器の皿に乗せて煎って、粉にすりつぶし、ジャバナというポットに入れて煮だして飲むようになったと私は考えています。

スタートはエチオピア

コーヒーファンならご存知の人も多いと思いますが、私たちが飲用するアラビカ種の起源は東アフリカの熱帯山岳森林地帯で、最初に見つかったのはエチオピアのアビシニア高原です。

ちなみにインスタントコーヒーなどの使われるロブスタ種は、西アフリカ一帯やコンゴ川流域からウガンダまでの広範囲に及びます。

低地で高木のロブスタ種は繁殖力に優れていますが、山岳地帯高地で育つ野生のアラビカ種は果実をわずかしか実らすことができません。

そんなアラビカ種ですが、この地域に自生する在来品種の数は十種類以上にも及び、これまで私たちは個々の特性をもとに優れた品種を選択して飲用してきました。


エチオピアから
イスラム商人の手を経て


イエメンへ



エチオピアという国は、
紀元前のシバの女王の時代から現在まで
アフリカで唯一のキリスト教国家なんです。

ですから、イスラム商人は自由に行き来できる
イエメンで栽培環境が整ってる高地を見つけて、
貴重な交易品としてコーヒーの木を育てたと思います。
≪ エチオピア在来種モカ ≫
現在エチオピアから出荷される品種のほとんどは「在来種」と表示されて厳密な特定はできていません。

ほとんどの豆は「モカ種」とされ、ハラー、ジンマ、シダモ、イリガチェフなどの生産地域を銘柄名としてつけられ販売されています。

そんな中から

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≪ ゲイシャ種 ≫
このゲイシャ種もエチオピア起源の野生品種で、カップクオリティーに優れていて、ほのかな花の香りと柑橘系の風味が近年注目を浴びています。しかし、収穫量が非常に少なく商業ベースになりにくいとされているんですね。

マラウィでは、現在アフリカで唯一ゲイシャ種を栽培しています。

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国外持ち出しを禁止されていた
イエメンから






旅行者によって密かに
オランダへ持ち出される
■アラビア半島のイエメンに伝わる

コーヒーを最初に発見したのは<羊飼い>または<アラブのお坊さん>とされていますが、それは多分イスラム商人が交易のために作成した広告コピーだと思います。

実際にいつ頃からエチオピアで飲用されるようになったのか、そして、いつ頃からイエメンでも栽培されるようになったのかは現在のところ残された資料が見つかっていないために確定されていません。

しかし、エチオピアで見つかったコーヒー豆がイスラム商人の目にとまり、栽培環境がアビシニアン高原とよく似てるイエメンの山岳地帯に移植され育てられたことは間違いないでしょう。

イエメンのモカ港から出荷されたコーヒー豆は、地中海貿易でヨーロッパの貴族の間に広まり、重要な交易品として外貨を稼ぎました。このまさに金の生る木であったコーヒーの苗木は、国外不出の厳重管理下に置かれました。
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≪ イエメン在来種 ≫
世界中に広がっていった三大品種とされるティピカ種、ブルボン種、モカ種の起源国とされるのが、このイエメンです。

ティピカ種は枝をほぼ水平に伸ばして大きな木に育ち、ブルボン種は反対に垂直方向にコンパクトに枝を伸ばし収穫量は多めです。モカの木は背が低く小型で、葉も果実も小さく収穫量の少なめです。

これら三大品種は、その後の新しい交配種に比べて生産性は低いのですが、素晴らしいアロマを楽しませてくれる品種として世界中のカップテイスター達に認識され、最も貴重なコーヒーとされています。

ただし、イエメン産の銘柄はどれも品種を確定することが出来ずに「在来種」として表示輸出されているのが現状ですが、生豆の形状からモカ種の混在比率が高いように思われます。

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このマウイ島で採れるモカはイエメン産伝来のお薦めの逸品です。
■ オランダの旅行者が持ち出す

ベネチア商人たちが王侯貴族にコーヒーを広め始めた17世紀初めごろ、ヨーロッパの富裕層にとってはオリエントへ旅行することは一種の憧れでもあったんですね。

1616年にオランダへコーヒーが紹介されたという話が見受けられますが、実際のところは旅行者がオリエントから門外不出のコーヒーの木を持ち出すことに成功したのでしょう。

その苗木を入手して育てたのが大航海時代に世界の海を駆け巡り貿易で活躍したオランダの東インド会社。早速、1658年にセイロンで栽培を開始し、更に東インド諸島に持ち込みます。
イエメンから


殉教者が密かに
インドへ持ち出す

世界の海を駆け巡る
オランダの東インド会社が



インドネシア諸島へ
コーヒーの苗木を持ち込む


≪ ティピカの突然変異ケント種 ≫
■殉教者によってインドへ伝わる

1600年ごろにメッカへ巡礼に訪れたバーバ・ブーダンが7粒のコーヒーの種子を密かに持ち出すことに成功し、インドでの栽培も行われるようになった。

1920年代にマイソールにあった英国人農園主のロバート・ケント氏所有のドッデングーダ農園にてティピカの突然変異ケント種が発見され、最近のフレーバー・オブ・インディア2004ではカッピングコンテスト第1位!に輝いた。


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≪ ティピカ種スマトラ ≫ インドのティピカ種も

オランダが

ジャワ島に持ち込んだ
1699年にはジャワ島や東インド諸島でコーヒーの木を移植に成功してインドネシアでのコーヒー栽培が始まります。

スマトラ島やジャワ島で栽培されたティピカ種は、かつては力強く生産性に優れてブラジルに次いで世界第二位の生産国でした。
ところが19世紀後半にコーヒーの木が錆病などの被害を受け壊滅状態になったんです。

またスラウィッシュ島で栽培したコーヒー豆は、当時の王侯貴族に大変喜ばれたそうですが、世界大戦が始まったころには閉園してしまいました。

それを日本の商社が復活させて、キーコーヒーが<幻のコーヒー>として売り出したのは有名です。

復活した名品として

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オランダから

    
 
フランスのパリ植物園へ
イエメンから




フランス領ブルボン島へ
≪ ティピカ種 ≫ ≪ ブルボン種 ≫
■フランス領のカリブ海諸島へ(ティピカ種)

1714年にオランダからパリ植物園にコーヒーの木が贈られた。
その苗木を得た海軍士官のド・クリューがマルティニーク島に1720年ごろに運び育て、近隣のドミニカやハイチにも移植されて広まっていきました。

このオランダからの種子は、ティピカ種と呼ばれ、ジャマイカのブルーマウンテンが代表作になります。


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■フランス領のブルボン島へ(ブルボン種)

1718年にフランスは独自にイエメンのモカから入手した種子をインド洋のブルボン島(現在のレユニオン島)でも育てることに成功した。


このコーヒー豆はブルボン種と称され、ティピカ種と共に世界中の栽培産地で育てられた世界二大品種のひとつで、各国の産地で品種改良もされて多くの交配種を生み出している。


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フランス領ギアナから



恋のドラマで、
ポルトガル領ブラジルに






ブルボン島から再びアフリカへ
■ブルボン種がケニアやルワンダへ

ブルボン島で育てられた優れたオリジナル種子が、フランスの宣教師使節団の手によってケニアやルワンダへ持ち込まれました。

ケニアに持ち込まれたオリジナルのブルボン種は、その名も『フレンチミッション』と名付けられ、いまではケニア産の主力品種となっています。またルワンダへはプエルトリコで育てられたブルボン種が持ち込まれて、クリーミーでほとんどバターの様なまろやかな味のコーヒーが人気です。

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最近話題のエチオピア起源で非常に珍しい野生品種ゲイシャがマラウィで栽培されています。

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■フランス領ギアナからブラジルへ

1727年同じギアナ植民地の境界を巡るフランスとオランダ両国の総督に頼まれてポルトガル領ブラジルの警備隊長だったフランシス・デ・メロ・パリエタ大佐は裁定に出向いた。



このときフランス総督の妻はパリエタ大佐に恋をして、別れ際に贈った花束の中に熟したコーヒーの実を忍ばせた。大佐が輸出禁止のコーヒー種子を総督夫人こ頼んだ恋のドラマから、仏領ギアナからブラジルパラ州へコーヒーの木が伝わったのです。

ただし、現在のブラジルでは生産性が低いためにティピカ種がほとんど生産されていません。


世界遺産のガラパゴス諸島へも
■ガラパゴス諸島にもブルボン種

1870年代にフランス人の探検家が他のフランス領からブルボン種をこの島に持ち込んだそうです。当時の木がそのまま育っているというのだからスゴイ。

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≪ ムンドノーボ種 ≫ ≪ カトゥーラ種 ≫
■ティピカ種とブルボン種の自然交配

188年代の終わりごろに、旧ムンドノーボ郡内にある研究所でインドネシア産スマトラのティピカ種とブラジルのレッドブルボン種の間で自然交配が起きてムンドノーボ種が生み出された。

このムンドノーボ種は生産性が高く成長力の強い品種として、現在ではブラジル生産量の35%を占めています。

 ★ご紹介するコーヒーはエスプレッソコンテストでも優勝チームが
使用して評価高い:『ブラジル・ダテーラ』 ⇒ 詳細de注文


 今ではブラジルでは稀なブルボン種もあります。
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■ブルボン種の突然変異

1935年にブラジルで見つけられた品種で、低い樹高でブルボン種より小型で葉が多く、小さな実を生らせる。この品種はそれ以後の新しい交配種の基礎ともなって広まりました。
≪ カトゥアイ種 ≫
■ムンドノーボ種とカトゥーラ種の交配

更に1949年にブラジルでムンドノーボとカトゥーラと交配させて出来たカトゥアイ種は、風害、錆病、旱魃に大きい抵抗力を持つ品種としてブラジル生産量の60%を占めるまでになった。


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