
★パリのカフェ巡りへ・その1 2002/05/21-23
- 今回の旅の目的は、「ヨーロッパのカフェ文化」を知る手始めとして、パリの老舗カフェを訪ね歩くことにありました。
少し古いムック本ですが昭和55年に中央公論社から発刊の「珈琲・紅茶の研究」には、映画評論家の小松沢陽一氏が「パリの街でのむコーヒーはほとんどがエスプレッソ。それを熱い牛乳でわるとカフェ・オ・レ」と題して著名な老舗のカフェを写真付きで紹介しています。ヨーロッパを初めとする多くの有名な画家や思想家がたむろしたそのスペースとは、一体どんな処なのだろうか。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・- 最近では、東京でも青山や代官山などで多くの場所で見られるヨーロッパスタイルのカフェ風景。そう、店の前にイスとテーブルを並べ、通り行く人々を眺めながらゆっくりとお茶を飲むスタイルの店がパリ風のカフェのようです。
この店舗スタイルは、パリの街20区全てに展開されてるカフェに見られる形式だと言ってもよさそうである。少なくとも私が見て廻ったパリ市街の中心地は勿論、13区や17区の住宅街にても同様でした。 ただ、当然ながら店それぞれの客筋は店舗の在り場所で、繁華街ではヨーロッパ各地からなどの観光客が中心となり、商業地区やオフィス街では近隣で働く人、住宅街ではお年よりのご婦人などが一人で楽しんでる風景も見られました。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・- 17世紀にイスラム圏からヨーロッパ各国に伝えられたコーヒーは、なかでもパリでもっとも目覚しい発展を遂げ、このパリ風というかフランス風のテラス式カフェスタイルが18世紀初頭から登場したようです。 コーヒーを飲ませるカフェは、時代と共にワインやビール、ココアやティーなども提供し、市民の憩いの場所として発展しながらも、時として文芸や絵画、政治活動の有力な集いの場所として歴史に残る店などが登場し親しまれてきたようです。 もっとも、そのような老舗のカフェも1960年代に入って、その役割をツゥーリスティックな趣へと変わってきてしまっています。 そんな観光客の一人として訪ね歩くことになったのは皮肉な感じもするが、先ずはパリのカフェ巡りに出発しましょう。^^;
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
サルトルなどが通った『レ・ドゥ・マゴ』
- 午前中の市内バス観光でパリの街の概略を把握した後、明日は休館だというルーブル美術館を3時間ほど見て周り、その足でセーヌ川に架かる橋を左岸サンジェルマン・デプレへ渡った。セーヌ川沿いにある国立美術学校とパリ第5大学が並ぶ小道を通り抜け、最短距離でサンジェルマン通りに出た。
この地域7区は、サンジェルマン・デ・プレ教会の在る交差点を中心に近年非常に多くのファッション関係の店舗などが並ぶ繁華街に変わってきたようだ。以前は6区の政府関係機関が立ち並ぶ隣で、パリ大学の校舎や広々としたリュクサンブル公園などに挟まれた文教地区だったようだが、近年は右岸のシャンゼリゼ通りの繁華街を超えるほどの賑わいを見せているようだ。
サンジェルマン・デ・プレ教会を目指して進むと左側に最初に「カフェ・ド・フロール」を見つけた。休日の午後4:30 丁度歩きつかれた多くの観光客が珈琲タイムを取りたい時間でも合ったので満席状態であった。 それでも空いてるテーブル席が一つだけ見えたので座ろうとも考えたが、すぐ隣りに「カフェ・ド・マゴ」が並んであるのに気が付き、そこまで進んだ。
さすがに「レ・ドゥ・マゴ」も人気店だけあって、テラススペースだけでなく通路を挟んだ僅かな交差点の角スペースまで客席として使用してる。 空席を見つけることを諦めて、隣りの店「カフェ・ド・フロール」に戻りかけようとした時、テラススペースで席を立つ客を見つけ、運良く「カフェ・ド・マゴ」の客となることができた。 右の写真は、交差点を背にして立ち、シャッターを押した。私達が座った席は、木が立ってる後ろ突き当たりのテラス席だった。写ってはいないが写真の右手に30人くらいが座れるスペースがあり、そこもヨーロッパ各地からの観光客らしき外国人達(笑)で満席状態であった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・- 席につきテーブルの上に置いてあるメニューを眺めた。日本を出る前にインターネットでこの店のサイトを見つけメニューをコピーしておいたので、迷うことなく二人してカフェ・クリームに決めた。 私達の様子を見ていたその席の担当ギャルソンが、すぐにオーダーを聞きに来た。 『ドゥ、カフェクリーム。 スィルヴァプレ』 フランス旅行も4日目ともなると、この程度の会話には不自由しない。(笑)
この日は、日程前半のバスの旅と違ってパリ市内を随分と歩き回ったので、のんびりとできるコーヒータイムはホッとする。 私達もパリ市民になったつもりで、通りを行き交う人々を暫し眺める時間を楽しむ。「ドゥ・マゴ」のある交差点の反対側には市内で最も古いサンジェルマン・デ・プレ教会が立っており、にぎやかな交差点ではスイングジャズを演奏するグループに人だかりがしてる光景も見られた。
ギャルソンが持ってきたトレイの上には、カップソーサ2客と陶器の容器2つにコーヒーと温めてあるミルクが別々にタップリ入って置かれ出された。注文したカフェクリームは、いわゆるカフェ・オ・レであるが、このようにコーヒーとミルクを自分でカップに注ぐことから品名を使い分けてるようである。 『メルシィ!』 と言って、ついでに小腹が空いていたので「クロック・ムッシュ」を頼もうとした。しかし、メニューを見渡してもその単語が見つからないので、日本から持参したガイドブックを広げ、クロック・ムッシュの写真を指差し『スィルバプレ』と注文した。ギャルソンが何かを言いながら頷いたように思えたので、問題なく注文できたと思っていたが、席を立つ最後までクロック・ムッシュは出てこなかった。(涙)(帰国後の談が下記にあり)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・![]()
- カフェ・クリームの値段は、4.3ユーロだから、日本円にして520円くらいであり、タップリ1人前2杯分くらいの量があったのを考えると有名店でありながら大変安いと思った。因みにメニューを見ると、エヴィアンのミネラルウォーター0.5Lで5.5ユーロとなってる。
また通常は、店内カウンター席に比べてテラス席は価格が高い設定になってると聞いてきたが、カフェ・ド・マゴは店内もテーブル席となっていた。 メニューを見ても価格が2重設定に表記されていないことをみて思うことは、老舗の店舗は同料金になっているのかもと考える。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・- 「レ・ドゥ・マゴ」の開店は1885年。サイトでも分かるとおり、メニュー装丁には二人の中国人が描かれている。 この場所がカフェになる前には、中国人が経営するブティックであり、その看板に描かれていた伝説の二人の賢人が気に入った初代カフェオーナーが引き継いで使用したことから、今日に至るまでトレードマークとして使用されている。「ドゥ・マゴ」とは、その二人の伝説の賢人から命名されたのだ。 印刷されてるメニューの文字には、フランス語だから内容はよく分からないが、ピカソやサルトル、ヘミングウェイなどの名が読み取れる。以前は、メニューやレシートに「知的エリートのランデブー場所」と印刷されていたそうであるから、今でも歴史的過去を誇りにして、メニュー表紙が作られているのだろう。
因みに、隣りの「カフェ・フロール」の開店は1898年。現在では多くの観光客に席を占領されてしまってるが、昔は両店ともに、多くの文学、演劇、絵画を志す者達がたむろし、熱い思いを語った場所であったということだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・- その後日本に帰ってきてから、渋谷にある東急bunkamuraのB1に「レ・ドゥ・マゴ」が出店してることを知って出かけたところ、パリと同じメニューが置いてあり、パリで食べることのできなかった「クロックムッシュ」が書いてあったのだ。 この日本の「レ・ドゥ・マゴ」は、パリ本店よりゆったりしたスペースであり、ギャルソンのスタイルだけでなく、支払いにレジを使わずギャルソンが個々に所持する財布からつり銭をだす様子など、パリの雰囲気をタップリ味わえるお薦めの店である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
フランス最古のカフェだった『プロコープ』![]()
- 同じサンジェルマン・デプレにある「プロコープ」は、地下鉄で一つ目オデオン駅の側、距離にして「レ・ドゥ・マゴ」から東に400mほど歩いたところに位置してる。
- フランス風カフェの最初の店として伝えられるのが「プロコープ」だ。1689年にフィレンツェ出身のボーイ、プロコピオ・ディ・コルテッリによって作られた。それまではトルコ風の粗末な店が何店舗か作られては閉店に追いやられていたりしてたが、コルテッリは豪華な鏡や大理石、優美な家具などを使ってヨーロッパ趣味にあったカフェを作った。
エレガントで居心地のいいカフェ・プロコープは、急速にパリにいる芸術愛好家達の中心として発展し、18世紀の文学カフェのなかで一番店となった。そのフランス最古のカフェであった「プロコープ」(右画像)も何代ものオーナー変遷があり、一時期閉鎖されていたが、現在はレストランとなって蘇っていた。
フランスの文化や生活スタイル全般で著書の多いパリ在住の吉村葉子氏著「パリ20区物語」によると、レ・アルで古くから生牡蠣専門店「オ・ピエ・ド・コション」のオーナーであるピエール・ブラン氏が再生したそうである。
訪ねてみると、今ではカフェスタイルの店舗でなく、レストラン形式で店内客席のみの店構えであった。表で表示されてるメニューの生牡蠣料理も美味しそうだったが、まだ夕食の時間には早かったので入店を諦めた。(笑)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・