ボンジョールノ!  皆さん  さぁ、バール紀行四回目です。


 いよいよ、今回はローマです。

 この都市は、古代ローマ帝国時代からの遺跡群や中世〜近代までの建造物や美術品などがぎっしり詰まったとても魅力ある処です。
 街の中心街の大きさは、東西4km南北も4kmの円にスッポリ。
 その円の左端を南北にテヴェレ川が流れ、その川を挟んで更に左手にヴァチカン帝国が位置しています。


 それでは、各名跡の話も簡単にお話しながらローマで一番古い
 「カフェ・グレコ」をご案内しましょう。

 私達が宿泊したホテルは、市街の北に位置する大きなボルゲーゼ公園の右端 にありました。

 宿泊した1日目の早朝に、ホテルからボルゲーゼ公園を抜けてポポロ広場まで 1.5km、更にテヴェレ川を渡ってサンタンジェロ城までの1kmをジョギ ングで楽しみました。

 朝6時から8時までの2時間で往復5kmですから、本当にのんびり。
 途中、公園内やテヴェレ川沿いでローマのジョガーと軽い挨拶をしながら。
 こんな時は、ジョギングを趣味にしていてと良かったなぁと思います。(笑)


  ホテルに戻って朝食後に、またボルゲーゼ公園内を森林浴の散歩でポポロ広場まで行き、そこからあちこち市内観光をしました。
(左の写真が、ボルゲーゼ公園高台からポポロ広場とローマの恋人市街です)


紀元前509年から約500年間続いた古代ローマ帝国の政治・経済・文化の中心地フォロロマーノは、感動モノです。
その隣りに建てられてるコロッセオは、円形闘技場。 当日38℃の灼熱の太陽に照らされた石肌の闘技場を見ていると、当時の剣闘士が猛獣達との戦いをしている歓声が聞えて来るようでした。

フォロロマーノ遺跡

コロッセウム闘技場

 

 一転、トレビの泉とスペイン広場は、オードリー・ヘップバーンが「ローマの休日」にでてくる姿を想像させられる映画当時のままでした。 世界各国からの観光客が大勢いるものの、どこかにヘップバーンが歩いているのではないかと探してみたりしたくなります。

スペイン広場

トレビの泉

何を願う?

 
最大の目的「カフェ・グレコ」は、スペイン広場の正面の通りを歩くと3軒目右側に有りますから、すぐ分かります。

 一枚扉のドアを開けて中に入りますと、八坪くらいのスペースだったでしょうか、10数名のお客(観光客達)がエスプレッソを立飲みしてました。
 右側にカウンターが有り、中でバリスタがお客の差し出すチケットを見ながらエスプレッソなどを淹れてます。

 チケットの購入は、入口正面にボックステーブル風な所で一人の女性が受付販売しているんです。

 ゆっくり座席に座って飲みたい場合は、正面奥に細長く小部屋が続いていました。

 この店の開業は1760年ですが、当時のローマはヨーロッパ随一の国際都市だったので、多くの観光客を集めていたのですが、それぞれの国の観光客が贔屓にしてる店があったりしたそうで、取分けカフェ・グレコはカフェテデスコ(ドイツ人のカフェ)と呼ばれ、間口は狭く、暗くて小さくみすぼらしい旅篭兼用のカフェだったそうです。

 そんなカフェグレコも19世紀半ば三代目のオーナーが小さなサロン部屋をいくつも造り、壁には絵を掲げ、ヴェネチア風に大きく立派にしてから、有名無名な内外のアーチストや小説家などが常連となり、繁盛してきたのです。

 面白い逸話として、ナポレオンが1806年にイギリス商品のボイコットを目指した大陸封鎖令によってコーヒー豆の流通が細った時、安さを売り物にもしていた当時の店主サルヴィオーニが、コーヒーカップのサイズを2/3にして、コーヒーの量を減らし値段を下げて販売したそうです。

 これが後のエスプレッソの起こりでもあり、多いに当って一層有名になり、ローマ随一の文芸カフェ、政治カフェとなったのです。


 ローマを訪れる機会がありましたら、是非一度、立寄ってみてください。

  
                         では、また。チャオ! 
                                                    王国通信_vol.74_