- 2005年 5/12〜21
バルセロナ/ペニスコラ/バレンシア/ラ・マンチャ/グラナダ/ミハス/コスタ・デル・ソル/セビリア/コルドバ/マドリッド
- 10日間でこれだけの都市を巡るのは、さすがにハードなバス旅行でした。 ただ5月のスペインは、雨もほとんど降らず気温が25℃前後で晴天続きでしたが、日陰に入りますと涼しく空気が乾燥してますから、夏の北海道のような感じで気持ちが良かったです。
- カフェに関しては、事前の情報はほとんど集まらず、僅かに旅行ガイドブックにも取り上げられてる老舗のカフェをマドリッドで訪ねることを主目的として、その他の街では美味しそうなカフェが見つかって時間があれば飲んでみたいと思ってました。
- 考えてみればスペインはヨーロッパでも西端の国です。 ローマ帝国の発祥地イタリアや芸術の中心地パリ、そしてハプスブルグ家が繁栄をもたらしたウィーンなどの中欧に比べれば、当然ながら人の行き来も少なく、更にカトリックとイスラムとの宗教戦争が長く続いた歴史があります。 そんな中で、市民生活の中にカフェ文化はどのくらい根を張り、現在に至っているのか。 そんな風景が少しでも垣間見れればとの興味を持って出かけました。
- 最初の到着地はバルセロナ。 成田からは日本航空でAM12:45出発 途中オランダのアムステルダムで乗り換えて 到着は現地時間のPM9:20でした。
ヨーロッパの中心諸国に比べて、さすがに欧州西端のスペインは遠いです。 飛行時間にして、14時間5分。それではまずは、訪れた印象的な風景から報告していきましょう。
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- ≪サグラダファミリア(聖家族教会)≫
スペイン旅行のスタートは、バロセロナでした。 この街をそれなりに堪能するには、本当は3日を要するようですが、私たちは駆け足旅行ですので僅かに一日だけ。トホホ
巡った先は、バスで市内をオリンピックのメイン舞台となったモンジュイックの丘などを一巡した後、この街が生んだ代表的な建築家アントニ・ガウディの「遺産」サグラダファミリア(聖家族教会)とおとぎの国をイメージしたようなグエル公園を見ました。
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- 聖家族教会は、ご存知のように1882年に着工されてから123年が経ちますが、未だにクレーンが立ち並びまさに工事真っ最中!でした。
右の写真は、ガウディが教会そのものを石に刻んだ聖書とするべく構想してる代表的な部分になります。
そして、この完成は100年後とも200年後とも言われてます。
現在は、ガウディの遺志を受け継いで世界各国から建築家や彫刻家たちが夢を紡ぎ続ける「神の家」となってます。
この聖家族教会は、もともとは貧しい宗教団体サン・ホセ協会の教会として着工されたのに、建築資金はどうなってるのかと疑問が浮かび現地ガイドに尋ねますと、スペインはもとより世界中のキリスト教信者からの寄付によって続けられてるそうです。
欧州各地の有名な大聖堂の多くは、その完成にやはり100年以上の年月をかけてます。権力者の象徴物でないから、長い年月をかけてもOKなんですね。
長期間に渡って出来上がっていく過程や完成の姿を徐々に現すことが≪教え≫でもあり、また一方では物資の調達や建設に携わる多くの雇用も生み出します。
100年200年の長〜い、長〜い創造物のパワーが感じられました。
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- ≪レコンキスタ(国土回復運動)≫
スペインという国を旅行する上で事前に学んでおくと理解深まるのがレコンキスタ(国土回復運動)です。
この戦いは、760年にアフリカから渡ってきたイスラム王国に追いやられたキリスト教徒が復権を目指して800年という長い戦いの末に勝ち取った歴史です。
スペイン南部のアンダルシア地方には、陥落するイスラム文化の遺産として保護され現存するアルハンブラ宮殿やメスキータにその姿を見ることが出来ます。
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- ≪アルハンブラ宮殿≫
アンダルシア地区にあってイスラムのスペイン支配最後の王朝でしたナスル王国。 その王国の首都だったグラナダにアルハンブラ宮殿は作られました。イスラム最後の砦として堅牢さを誇り、要塞や王宮、そして素晴らしい庭園部分など見所が豊富で、スペイン観光で人気No1だそうです。現在のグラナダの町は、グラナダ大学があって多くの学生が歩いておりました。また街の後ろにはシェラネバダ山が雄大に聳え立ってます。
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王宮アラヤネスの中庭 |

アラビア語で繰り返し書かれてるコーランの一節 |

王宮室内 |

ライオンの中庭 |
- ≪メスキータ≫
8世紀中ごろから11世紀初頭の後ウマイヤ朝時代に首都として空前の繁栄を謳歌したのがコルドバの街です。
そして、この街のシンボル的な文化遺産がメスキータと呼ばれる世界最大級のモスクです。
786年にデラマン1世の命令で建設が始まり、その後歴代のカリフによって増改築された歴史を持っており、内部は、セピア色の馬蹄型のアーチ柱が何本も立ってます。
- ≪花の小道≫
メスキータ周辺に広がるかつてのユダヤ人居住区も世界遺産として指定されています。
白い家並みが続いて迷路のように続く道沿いの壁には、どの家でも可憐な花の鉢が飾られています。
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メスキータ内部 |

祭壇 |
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旧ユダヤ人街/花の小道 |

旧ユダヤ人街/花の小道 |
・・・・・・・・青い空と白い壁が広がる風景・・・・・・・・・・
- ≪ラ・マンチャ地方の風車≫
辺り一面に低木のブドウ畑が広がり、一方で赤い土で印象的な荒野が延々と続くラマンチャ地方。
そこには、ドンキホーテが物語の中で戦いを挑んだとされる有名な風車が、透き通るような青い空をバックに勇壮に立ち並ぶのを見ることが出来ます。
この風車は、昔は小麦を粉に挽くのに使われていましたが今は観光資源となっています。 ただそれぞれの風車は個人所有のもので、管理も面倒なことから300万円くらいで売りに出されてるとかいう話をガイドが言ってました。 昨年の中欧でも小麦粉の過剰生産から菜の花畑に転換政策が取られていることを知りましたが、この地域も同様で夏は暑さが厳しく冬は寒さが厳しい気候を利用してブドウ畑に転換したのかもしれません。
現在のラマンチャ地方ではそのブドウ畑が展開されていて、スペインでも人気の高い≪リベラ・デル・ドゥエロ≫と呼ばれるワインの生産地域となっております。 昼食時に立ち寄ったいかにも田舎のレストランという店で飲んだワインもとても美味しいものでした。 ところがグラスは、いわゆるワイングラスでなく、日本の食堂で使われるようなガラスのコップという感じのものでしたが、美味しくて一杯100円もしないのですから良しとしなければなりません。
- この地方では、風車とドンキホーテを観光資源としてる有名な村のような規模の町が6−7あり、それぞれを巡る「ドンキホーテの道」として観光スポットとなってます。 小さな村でのんびり滞在しながら見て回るには、3日を要するようです。
- ≪ペニスコラの海岸≫
この海岸は世界遺産でもないのですが素晴らしい地中海風景に感動したので取り上げておきます。 バルセロナからバレンシアへ向かう途中に立ち寄った処で、事前の知識も全くなかったのですが、海の色の素晴らしさに大感激しました。帰ってきてから調べてみますと、バレンシア湾に面してる地中海なんですが、日本なら沖縄でしか見られないような素晴らしい水色です。
地中海に岬が突き出てて、その岬は小さな城壁のような建物があり、周りには上記の≪花の小道≫のような建物が建ってます。海岸には、平日なのにリゾート客が多く、海辺のレストランやホテルのプールにもお客さんがいました。 おそらくバルセロナやバレンシアからのリゾート客のようです。
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